コラム/エッセイ
坂本⿓⾺の最期を語る「⾎痕」(1)
―法医学の卒業研究―

勤労の志⼠、坂本⿓⾺が京都の近江屋で襲われた「近江屋事件」は、今から150年以上前の1867年に起こりました。事件から⻑い年⽉がたっていますが、実は当時の⾎痕が残っている資料があります。京都国⽴博物館が所蔵する「⾎染懸軸(梅椿画)」です。暗殺時近江屋の床の間に掛けられていたと伝えられ、懸軸の下の⽅には今も複数の⾎痕が確認できます。
こんな資料があるなんて今まで知りませんでしたが、ある時YouTubeで「近江屋事件」がCG再現で紹介されているのを⾒て思いました。その⾎痕の「⼤きさ」と「向き」に特徴があります。⼩さな⾎痕がまとまっているところもあれば、それより⼤きな⾎痕もあります。これは1回の斬撃で出来たものじゃない︕・・・
これは1回の斬撃で出来たものじゃない︕・・・・
―⾎痕の形成機序を確かめる―
⾎痕は、ただの⾚いしみではありません。⾎液がどこから⾶んできたかわかります。法医学では、⾎痕の⼤きさ、形、広がり⽅などを調べ、⾎液がどのように⾶散したのかを考える⽅法があります。もちろん、150年以上前の事件を⾎痕だけで決めつけることはできません。しかし、「同じような条件を作ったら、どこにどのような⾎痕ができるのか」を確かめることはできます。
そこで私たちは、卒業研究として近江屋の部屋をできるだけ再現し、⿓⾺が襲われた場⾯を模した実験を⾏うことにしました。歴史の資料を、臨床検査や法医学の知識を使って科学的に⾒直してみよう、という研究の始まりです。実験をするには、まず事件が起きた部屋を再現しなければなりません。しかし、近江屋の建物は現在残っていません。
まず、当時の近江屋を写した古い写真や資料を集めました。写真の中には畳や床の間が写っています。畳の⼤きさなどを⼿掛かりにすると、床の間の⾼さや懸軸の位置をおおよそ考えることができます。
